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十六歳のバレンタイン  writer by スザンナ



 一年前の2月14日。
 あの日を思い出すたびに、リオナはだるい気分になる。

 一年前のあの日。
 リオナは家の台所にひとりでこもり、手作りチョコレートを黙々と作成した。
 完成したそれを誰にあげるでもなく、そのまま自分で食べたのだった。

(なにやってんだろ、わたし)

 自給自足。
 そんなふうに思いながら食べていると、台所の前を弟と父親が通ったので、作ったチョコをあげた。
 家族の笑顔はかけがえのないものではあったが、心にすきま風が吹いたのもまた事実で。

(来年こそは、彼氏を……無理ならせめて好きな人を作って、その人のためにチョコレートを作ろう!)

 十五歳の冬。
 自作のチョコをかじりながら、リオナは決意したのだった。

 そして、今年のバレンタイン。
 リオナのとなりには、生まれてはじめての恋人がいた。
 彼氏ではなくて、彼女だが。

 ☆

 初めての恋人はよくしゃべり、よく食べ、よく笑う、まりあという名の元友人だ。黒目がちな瞳に、さらさらした肩のあたりまでの黒い髪という、流行のアイドルグループにいそうな雰囲気の少女だ。

 対してリオナは、茶色い髪にゆるいパーマをかけており、初対面の人間からは「ギャル系」と認識されることが多い。
 リオナ当人は、もうちょっと個性重視の原宿系ファッションのつもりでいるので、ギャルに見られることを密かに嘆いてもいたりする。

 ともあれ、昨年のクリスマスから始まったふたりの関係は、いまも順調に続いている。

「バレンタインだからさ、いっしょにチョコレート作ろうよ」

 そういって、ふたりで近くのデパートへ立ち寄った。
 時期が時期だけに、製菓用品コーナーはチョコレート一色に染まっている。
 便利なもので、卵を混ぜて焼くだけのチョコレートケーキ・キットなんかもあった。

「チョコケーキがいいよね?」
「うん。ナッツとかいっぱい入れて焼こうよ」

 傍から見れば、仲のいい女子がふたりで買い物をしているだけだ。
 でも、実際はこれもデートの一部であるわけで。
 ふたりにしか味わえない幸福の中にいて、リオナも、そしておそらくまりあも満ち足りた気持ちでいた。

 それなのに、突然まりあの動きが止まった。
 甘やかな空気が、一瞬で凍る。

 なにごとかと、リオナはまりあの視線の先を見る。
 そこには、自分たちと同じ制服姿の、短い髪の少女がたたずんでいる。

(うわっ、沙絵だよ……)

 それは去年のクリスマス前まで、まりあの恋人だった少女だ。
 まりあと沙絵のかつての関係について、リオナはまりあから打ち明けられていない。
 けれど、傍から見ているだけでわかるほど、まりあと沙絵はアツかった。
 それなのに、沙絵は男に逃げたのだ。

 まりあも沙絵も、お互いの視線に縛られて動けないでいる。

「沙絵!」

 リオナは呼びかけた。

 沙絵がハッとしたように、リオナを見てくる。

「沙絵もチョコ作るの?」

 なにも知らないふうを装って、リオナは問いかける。

 沙絵が、平静を装いきれていない声で言う。

「うん……今年は手作りにしようと思って」

(そっかー。彼氏できたもんね)

 と、口に出せば、まりあを傷つけてしまいそうで、言えない。
 代わりにリオナは、まりあにむかって笑いかける。

「わたしたちも手作りにするんだ。ね?」
「うん。ふたりでチョコケーキ作るの」

 まりあの表情は硬かった。
 怒りと悲しみを抑えこんでいることが、リオナにも伝わってくる。

 この状態に、沙絵は明らかに困っている。

 リオナは気付いてしまった。
 沙絵はまだ、まりあのことが好きなのだ。

 沙絵が、卑屈な笑いを浮かべて、言う。

「作るんだ。リオナちゃんもまりあも可愛いから、告白された男の人は、誰だって喜んで受け取ると思う」

 ふつり、とリオナの中でなにかが切れた。

「ううん、わたし、まりあのために作るの。まりあはわたしのために作って、いっしょに食べるの。ね?」

 ふいにリオナは手を伸ばし、まりあの手をきゅっ、とにぎる。
 まりあが驚き、それから、照れたように笑った。

「うん」

 沙絵が、目を見張った。
『あっ……』という表情で、こちらを凝視してくる。
 リオナとまりあがどういう関係であるのか、やり取りを見て悟ったのだろう。

「……わたしも、彼氏のために作らなきゃいけないから……」

 ボソボソ言いながら、沙絵はこちらに背中を向けた。
 リオナとまりあから、逃げたのだ。



 買い物帰り。
 リオナとまりあは、ふたり並んで、調理場となるリオナ家へと向かっていた。

 家まであともう少しというところで、まりあが突然、足を止めた。

「リオナちゃん、わたしね――」

「うん?」

 見つめ返すと、目を逸らされた。

「沙絵ちゃんとつきあってたの……」

 まるで罪でも告白するように、まりあが顔を赤くして言った。

 リオナは、なんでもないようにうなずく。

「知ってたよ」

「え……」

「だから、ちょっと言ってやりたくなって。さっき」

 まりあは、黒目がちの瞳をぱちぱちさせて、それから罰が悪そうに言う。

「わたしもさっき……ちょっとすっきりした」

「じゃあよかった!」

 きゅっ、とまりあの手をにぎり直す。

「ケーキ、ハート型に切ろうよ」

「うん」

 ナッツいっぱい入れて、アラザンっていうダサい銀色の粒々で飾って、幸せなバカップルになろう。
 ケーキといっしょに、お歳暮でもらった高級な紅茶を淹れて飲もう。

(それで、忘れちゃえばいいんだ。沙絵のことなんて――)

 あんなふうに、故意に友人を傷つけたことは初めてで、ほの昏い嫉妬を感じたことも初めてで。

 恋は甘いだけじゃない。
 けっこう苦味だってある。

 そうわかったからといって、まりあと離れるつもりはなかった。

 

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